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カテゴリー「ひとり仕事」の記事

2017年1月 6日 (金)

人生における成長とはゲームにおけるレベル上げのようなもの

突然ですが、気付きました。
ネットゲームにおける「レベル上げ」は、人生における成長の過程と似ているなあ、ということに。

日々の「レベル上げ」のためにやることは本当に地道で細かい。ほとんどルーティンワーク。
しかも、それをやったからといって変化は実感できません。

が、そんな積み重ねでコツコツとレベルを上げていくと、ある日突然気づくのです。
かつては手も足も出なかったようなことが、いとも簡単にできてしまう自分に(ていうか、自分が育てているキャラクターが、ですけど)。

たぶん、人生もそうなんだと思うんです。
今日1日の努力だけでは何も変わった気がしない。
いや、3日とか1週間でも・・・虚しくなりますが、それを続けているうちに突然気づくんだと思うのです。
かつては想像もできなかったような仕事を頼まれたり、雲の上にいると思っていた人に会えるようになっていたりする自分に。

だからやっぱり毎日の「レベル上げ」を怠ってはいけないのだわ!
ゲームでも、人生でも・・・。

かつて「ブラウザ三国志」というゲームからリーダーシップの極意を学んだ私ですが、「刀剣乱舞」というゲームをやりながら、ふとそんなことを思ったのでした。
新春からくだらない話でスミマセン。
でも、レベルが組織で明示される会社勤めの人と違って、とくにフリーでやっている人にとってはこの感覚を知っておくことは大事な気がします。

ああそれにしても大太刀の刀剣男士と投石兵と弓兵が早く欲しいんだけどどうしたらいいの?
やっぱ地道にレベル上げていくしかないのかねぇ(>_<)

2016年7月17日 (日)

虚栄心の罠

このところ若気の至りみたいな投稿が多めですが、連休の中日に乗じてこっそりとまた一本。

会社辞めて独立しちゃったりしてる人って「自分の名前で仕事がしたい」、もっと言うと「有名になりたい」欲求が多かれ少なかれあると思うんですよね。いわゆる承認欲求を持て余してる人たち。私もまた例外ではない。

ところが「有名になりたい!」という部分を主目的に据えてしまうと、その程度の動機で成し遂げられることってたかが知れてるからすぐに頭打ちになっちゃう。
結果「有名になりたいと思う人ほど有名になれない」となる。名付けて、虚栄心の罠だ。

だが、世捨て人じゃないんだから、フリーでやっていくためにはある程度の知名度は必要だ。これもまた現実。
自分がやっていることを世の中に発信していくのはプロとしての義務だと思う。評価にさらされるのを恐れてはいけない。
虚栄心に足元をすくわれないようにしつつ、プロとしての義務を粛々と果たす。
そんな人生ゲームを楽しんでいきたいと思う、今日この頃であります。

2016年7月13日 (水)

野暮な野望

このところ自分が舞台関係の雑文を書く意味は何なんだ?みたいなことを悶々と考えてしまうが、どうやら歴史の中の「今」をとらえたい!!みたいな野望が自分の中にはある。

とくにタカラヅカに関してはそうで「タカラヅカ100年を丸ごと知りたい!」欲求が最近はとみに強い。「100年」って、そういう無茶な野望を湧き上がらせるのにちょうどいい魅惑のタームなんだよねー。

必然、書くものは「真面目か!」みたいになってしまう。これはいわゆる「売れる」とは真逆な方向に行きがちなのが、ほんと難しい。
とはいえ生きていかねばならないから、野望を胸に秘めつつ商業出版のリアルともうまく折り合っていきたいと思う今日この頃です。妥協せず、かといって喧嘩もせず。

性懲りもなく、そんな野望全開の新刊がこの秋に出ます。乞うご期待。


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※写真は本文とは何の関係もありませんw


2015年7月19日 (日)

本を整理した

本がたまりにたまって、もはや気持ち的にもどーしよーもなくなってきてしまったので、思い切って整理に着手することにした。

「本 整理」でググって調べてみると、本棚中の本をいったん全部出してジャンルごとに並べてみるってのがセオリーらしい。さっそくすべての本を部屋中に広げてみたところ……大変なことになった(涙)
結局、着手初日はぶちまけたところで終了してしまい、その日は本の海の中で就寝することになっちゃった。

一般に「本を読むのは善きこと」とされ、子どもにも読書が推奨される。
だが、オトナが本を買う理由にはじつはロクでもないものも多い。「自分探し」「出世したい」「モテたい」「お金持ちになりたい」「痩せたい」「教養のある人だと思われたいっ!」etc.etc……。
かく言う私もそんなオトナのひとりだ。つまり、ここに積まれた本たちは、こうした私自身の見栄やら欲望やらの集積なのである。
ぎゃーー! ヤダーっ!! 恥ずかしいっーー(>_<)

しかし、ここでひるんでいるわけにはいかない。
逃げ出したくなっちゃう自分を何度も奮い立たせ、少しずつ仕分けをしていく。こうなると、もはや「ココロのお掃除」である。

一番困ったのは「絶対に取っておくほどでもないけど、処分する勇気もない本」がたくさん出て来たことだ。それでめげそうになってたら、同業者の友人から、
「服や皿があふれてイヤだってのはわかるんだけど、本を書く仕事してるんだから、資料があふれるのは当たり前だと思うんだけどなー」
と励ましとも何ともいえないことを言われた。う〜〜ん、確かにそのとおりではある。

セオリーでは「とにかく捨てましょう」みたいなことが言われるものだが、ひたすら捨てるだけが能じゃないよね、とも思う。資料性の高い本をきっちり保管するのは勿論だが、それ以外でも捨てちゃイカン本はあるような気がする。たとえば、自分の考え方をつくる基礎になったような本とか。

要は自分なりの基準を見つけることが大事で、しかもそれは年を経るごとに変化していくものだから「今の自分の基準」を真面目に探し続けるしかないんだろうなぁと思う。

最初は永遠に終わらないんじゃないかと絶望的な気分に陥ったけど、続けるうちに判断の基準も少しずつシャープになっていって、スピードも上がっていった。そして、何とか終了。本棚もココロもスッキリして、いい気分だ〜。

今の自分の興味関心領域とその程度が改めて整理できたのは面白かったな。それから、「必要な本」を見極める眼も、ほんの少しだけ研ぎすまされた気がする。

2015年3月 3日 (火)

確定申告のとき思うこと

本日ようやく確定申告が終わり、さっき最寄りの税務署に提出してきました。

こういう仕事なもんですから、支払調書の枚数は多く、個々の金額は大きくはないという、入力が煩雑になるパターンです(涙)。

それでも金額を眺めていると、個々のお仕事が懐かしく思い出され、このご時世に原稿料といったもので何とか生きていけてることには感謝しなくてはと思います。同時に「今年もがんばったよ私」と自分が愛おしくなってきちゃったりもして(笑)。

さて、険しい道のりですが今年も進んでいくしかないですねぇ〜。

2014年12月 5日 (金)

「才能」の定義

麹町アカデミア・遊学堂で行われた大石静さんのトークイベントに行って来ました。
大石さんといえば…そう!
来年3月の花組公演「カリスタの海に抱かれて」の脚本も担当されます。
楽しみ〜(*´ω`*)

で、面白かったのは、トークイベントのテーマが「伸びる男は何が違うのか?」に対する答えが結局のところ、
「才能ある役者は発しているものが違う」
「意識してなくても、おのずと目に飛び込んで来る」
「私が発見しなくても、私の後に必ず誰かが見いだしたはず」
といった身もフタもないような(?)ものだったこと。

でも、それは私も同意だ。
とりわけ役者の世界なんて特にそうだろう。玉石混交の中、石が玉に化けることは決してないといっていいくらい非情な世界だと思う。

どんなジャンルでも表現者の世界はそういうもんだと思うから、その覚悟を持って挑むことは必要だ。
確か以前「デザイナーになりたいんですけどどうしたらいいですか?と相談しに来る人は絶対にデザイナーになれない」といった内容のブログのエントリがすごい話題を呼んだことがあったけど、何だかそれを思い出してしまった。

大石さん曰く、脚本家の世界においても、その人がモノになるかどうかは書いた脚本の「台詞をみれば一発でわかる」のだそうだ。
そんな大石さんがこれまで縁のあった役者さんのことなどを語る姿を見ながら感じたのは「なんだか独自の人間観察力を持っておられそうだな〜」ということだった。それがどういうものかは私にはうまく言えないし、もちろん真似できそうなものでもない。

それで、ふと思ったのだ。
「才能」というのは、「その人だけがいとも簡単にできてしまう、ちょっとしたこと」なんじゃないかと。
きっと誰しもがどこかに、そういう類いのものは持っているんだと思う。
だけどそれは本当にちょっとしたことだから見つけづらいし、本人にとっては当たり前にできることだから自覚もしづらいに違いない。
またそれが役者とか脚本家とか、既存の職業にうまくハマるものだったら良いけれど、そうでない部分に「才能」を持って生まれてしまった人もたくさんいると思う。

幸運にもそれを見いだしてくれる人と出会えたり、世の中のニーズと合致したり、あるいは才能を正しく自覚して役立てる力(それも才能かな)にも長けていたりする人だけが、現世での成功者になるんだろうな。

2014年9月30日 (火)

「勝ち」の基準をみつける

芸ごとの世界における「勝ち」って何だろう?という問題について考えさせられたので、朝っぱらからブログ書いている(>_<)

以前、40代も後半になってからダンス(それもヒップホップ系)を始めた人から、
「ダンスの世界は勝ち負けがなくていいよな」
的なことを言われて「甘いっ!(`・ω・´)プンスカ」とゲキオコしたことがあった。
ところが、やがてその彼もアマチュアの発表会なんぞに出るようになり、もともと自分に厳しい人だったので、今は本番での出来を反省して「負けだ…」と落ち込んでいるようだ。

…極端過ぎるだろwwwww

芸ごとの世界はスポーツのように明確に勝負がつかないし、試験のようにデジタルにも採点されない。曖昧模糊とした世界。だからややこしい。

その中で「スターシステム」という超明確な勝ち負けの基準を持ち込んでいるのがタカラヅカだ。
トップスターの座に登り詰めること。それが最大の「勝利」であることは誰もが認めるところだろう。
それで、突然だが以下のようなポジショニングマップを思いついた。

横軸は「トップスターにどのくらいなりたいか」の本人の意思だ。
縦軸は「この人はトップスターになれるのかどうか」の才能軸だ。

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第1象限にいる人たちが、トップスターの座を争う人たち。
ここのポジションの一番右上が、まあ今でいうなら星組の柚希礼音さんみたいな人だろう。
ファンの誰もが「彼女はトップになるだろうな」と信じて疑わず、本人もその期待に応えて大トップスターになっていく。
だけど、悲喜こもごものドラマが生まれるのは、むしろこの象限の真ん中ぐらにいる人たちの周りだ。
外野の勝手な言い分で恐縮だが、ファンとして見守るときの醍醐味はそのあたりにあったりする。

第2象限に属する人たちも、ごくたまにだがいる。
いわゆる将来を嘱望されながら、さっさと辞めていってしまうような人たちだ。
こういう人たちをみていると「ああ、熱意(というか執念?)もまた、才能のうちなんだなあ」といったことを考えさせられる。

第3象限、そもそもここの人たちが厳しい試験を突破できるのかとも思うが、運よく入れたならば「タカラヅカの舞台を踏めただけで満足♪」ということになるのだろう。
ある意味、最も幸せな人たちといえるのかもしれない。

そして第4象限。
残酷な話だが、多くの人はここに属することになる。

タカラジェンヌだけではない。
芸ごとの世界で、あるいは表現者として生きていこうとする人たちの大半は、残念ながらここに所属する。
「この世界で成功したい!」「食べていけるようになりたい!」そう切望するが、自分に与えられているのは平凡な才能だけ…。

いや、もしかするとこの軸を「出世できる・できない」「出世したい・したくない」と置き換えたら、会社勤めの人にも当てはまる話かもしれない。

と、ここまで書いてきて朝からブルーな気分になってきましたが(´・ω・`)
だが、先日のブログでも書いたけど、もしかすると本当の勝負は「私って第4象限なのね」と自覚したときから始まるのかもしれない。
そこから、いかにして自分なりの「勝ち」の基準を見つけるか、そして、どうやって自分をそこまで引き上げるか?

それこそが真に創造的な人生ということなのかもしれないな。
自分なりのブレない「勝ち」の基準を見つけて、きちんと達成している人は美しいと思う。

2014年8月 9日 (土)

超絶インタビュー技術を学んできた!

昨晩の麹町アカデミア、「コピーライター田中美絵さんの超絶インタビュー技術」 は、じつに有意義なひとときでした。

田中美絵さんは朝日新聞の「仕事力」という連載を長年やってらっしゃる方。その優しそうな笑顔の裏に潜む(?)細やかな観察眼にしょっぱなから度肝を抜かれました(((( ;°Д°))))
だって受講者がどういう人かっていうのを、一目見ただけで次々と当ててしまうんですもの。

かくいう私は、講座終了後にお話させていただいたときに、
「目がとってもよく動く方なので、あれこれ考えておられるのかなーと。物事をパターン化してまとめるのが得意じゃないですか?」
と言われました。
はー、目の動きなんて自分じゃわからない。だから挙動不審と思われるのか(笑)
パターン化は確かに大好きです!何でもかんでも3つとか8つにまとめたくなっちゃう。
しかし初対面でそこまでわかるなんて!! すごすぎる!!!

私も「朝日新聞デジタル」のスターファイルなどでインタビューをさせていただく機会がありますが、いつも「果たして今の自分のやり方でいいのだろうか?」という不安がいっぱい。
できることなら人のインタビューを横から覗き見したい!!と、いつも思っていました。だから今回「インタビュアーのトップレベル」に触れることができて本当に勉強になりました。こういう機会をつくってくださった秋山学頭にも大感謝です。

そして本日はその田中美絵さんの著作「ダンナ様はFBI」を読み終えたのですが(本当は講座の前に読んでおけよって話ですスミマセン(>_<)、これがまたホント面白かった!!
だってビジネス書としても、エッセイとしても、二重に楽しめるんですもの。何ておトクな一冊。

上記の「人間観察力」を磨くトレーニングに関しても、本書にしっかり書かれていました。私もさっそくこれを実践してみたいと思っています(本気)。

エッセイとしては、「ダーリン」こと元・FBI捜査官であられたダンナ様との出会いから結婚、結婚生活でのハチャメチャエピソードに大笑い、ときどき涙ホロリ。

…で、さっそく私のヅカ脳が動き始めたのです。
「これ、タカラヅカで舞台化したらいいじゃん!!」

配役は「ちえねね」こと星組トップコンビの2人が良いと思います。
元・FBI捜査官のちえちゃんに、キャリアウーマンなねねちゃん!
いいじゃんいいじゃん!! ←もはや止まらない妄想。

…とまあ、最後はお約束のオチですいませんね(>_<)
「ばーか♪」って言われそう。

2014年5月27日 (火)

好きを仕事にする貧乏

橘玲著「臆病者のための億万長者入門」という本を読んでいる。
たまたま昨日、遠征の行きの新幹線で手持ちのチェーホフ「かもめ」をあっという間に読んでしまったため「読む本がない…そうだ、せっかくなら普段読まないジャンルの本を読んでみよう」と思って購入したものだ。

橘玲氏の著作はこれまであまり読んだことはなかったけれど、さすが面白いな。
億万長者になれるわけではなさそうだけど、保険、株、外貨、不動産といった金融商品に対する自分なりの立ち位置を定めるのに役立ちそうだ。
やっぱり、人が見えないものが見える人が、書き手として成功するのだと思う。

…前置きはさておき、この本の中で個人的にすごーく印象に残ったのが、次の一節だった。

「金融資本の運用が人的資本と本質的に異なるのは、『幸福』というやっかいな問題とかかわる必要がないことだ。『損をしたけれど有意義な仕事』というのはいくらでもあるだろうが、『大損してうれしい投資』というのは原理的に存在しない」

…なるほどねえ。
私の場合も、損まではしないにしても、「(金銭的には)大して得しないけれど有意義(だと本人は思い込んでいる)仕事」の割合が高すぎるのかもしれない。ハァ(´・ω・`)

一般に、「好きを仕事にしている」人が多い業界では、「儲からないけれど、楽しいし、やりがいもあるし!」…そんなことをモチベーションにしながら動いている人がとても多い。
したがって、こうした業界に所属している人たちの「幸福度」は高い。その意味では健全だ。
だけど「稼ぎ」の面ではどうだろう?ということになる。

さらに橘玲ぶって論をすすめ、業界別人材需給バランスということを考えると、
A「人材需要>供給」の業界では賃金は高くなる。
B「人材供給<需要」の業界では賃金は低くなる。
という原則が働きそうである。

現実には、人材需要はものすごく高いのに、労働環境も賃金水準も劣悪という業界はあるから、Aの原則については話がそう単純ではない。
だが、少なくともBの原則は成り立つんじゃないか。「好きを仕事にしたい」人が多い業界、それはつまり、報酬が安くてもやりたい人がいくらでもいる業界ってことだから。

じゃあベストセラー作家や売れっ子タレントはどうなのかというと、その人の作品や存在自体が「客を呼べる」とみなされたとき、つまり投資の対象として評価されたときに「お金持ち」への道が開けるのだろう。
だがこれは決して、地道で誠実な努力だけで開ける道ではないのだから、凡人が勘違いして目指さないほうがよい。いや目指すのは自由だけど、相当な覚悟が必要ってことだ。

…要するに何が言いたいかというと、「好きを仕事にしている人が多い業界」で「お金持ちになる」のは、原則として非常に難しいということだ。
好きを仕事にしながら「儲からないナァ」と悶々とするのは時間の無駄。後者が明らかに大事だという人は、さっさと職業替えするか、投資家にでもなったほうがよほど効率がいい。

だいたい「好きを仕事にする」ことへのこだわりが強すぎるワガママな人(含自分)ほど、ワガママすぎて、そういうリアルな現実が受け入れられなかったりするものだ(含自分)。
だからこそ、心してクールに現実を見つめていかなきゃと思う次第です。


☆追記
「かもめ」の最後のニーナの台詞。
「今ならわかる、わかったのよ、コースチャ、舞台で演技をしようと、小説を書こうと、わたしたちの仕事で肝心なのは、名声とか、栄光とか、わたしが夢見ていたものじゃないの。肝心なのは耐える能力なの」
要するにそういうことなのかも(´・ω・`)

2014年3月14日 (金)

写真の撮られ方

フリーで仕事していると、個人の顔写真が求められることも多いのです。
私もそんなとき用の「勝負写真」を持っていたのですが、なにしろ撮影したのがもう×年も前…。
今さらこれを使うのは詐欺でしょうという罪悪感も大きくなってきたので、思い切って撮り直すことにしました。

撮影してくださったのは、KOKOROメソッドの西川心さん
彼女の撮影手法が面白くて、とても楽しい撮影タイムを過ごすことができました。

普通、撮影のときって「もっと笑って〜」なんて言われちゃったりするんですが、そうすると大概の人は引きつった笑顔になってしまったりするわけです。
でも、西川さんの場合はどうすれば良いかを、シンプルに身体の動きに落とし込んで指示してくれるので、とってもやりやすい!

たとえば、
「とにかく、口角を上げることを意識してくださいネ」
「目をつぶって、合図をしたら開けてみましょう(そうするとお目目ぱっちりで写るらしい!)」
「いったん顎をこちらに出して、それから引いてみましょう」
「首を(左右どちらかに)傾けて、ゆっくり動かしてみてください(そうすると、動かしている間に様々な表情が撮れるらしい)」

といった具合。
これならシロートの私でもできるし、撮った写真を随時見せてくださるので、効果も確認できるのです。

「体のライン」を意識するということも強調されていて、体をひねるヨガ的なポーズもしましたが、そうやってちょっとラインをつくるだけで、ぐっとエレガントな雰囲気が生まれたりするのにもびっくりでした。

「撮影開始時と終了時では、きっとずいぶん変わりますよ」とおっしゃっていましたが、本当に変わった気がしました。
最後には「このくらいの口角の上げ方でいい感じの笑顔になる!」みたいなことがつかめたような…きっと明日にはもう忘れちゃうんでしょうけど。
でも、女優さんなど「写真を撮られることを仕事にしている人」たちはきっと、「自分の体や表情をこう作れば、こう写る」っていう自分法則をたくさん知っているのでしょう。

常々私は、盛って盛って「女らしさ」や「可愛らしさ」を創っていくのが好きではなくて、シンプルでナチュラルなのが心地よいタイプなのですが、そんな私の志向を大事にしてくださったのもありがたかったです。

できあがった写真が送られてくるのは、約1週間後とのこと。
さて、そこからどんな私が新発見できるのでしょうか?
楽しみであります♪

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