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2014年1月24日 (金)

評価の軸

早稲田大学(教育学部)「舞台芸術入門2」、本日最終回の講義が終了しました。
今年度は諸事情によりこの講義の全体コーディネイターもさせていただいていたので、無事に終わってホッとしています。

最終回の今日は、担当の3人によるシンポジウム(トークセッション)だったのですが、その中でちょっと興味深い議論が出たので書いておきます。

3人の中の歌舞伎専門の先生がこんなことをおっしゃったのです。

「長年の歌舞伎愛好者は『昔は良かった』というのが常である。
自分も最近はやっぱりそうなってきたし、それが伝統芸能の常である。
伝統芸能は常に、過去のほうに向いているものである。
そこには決してぶれない軸があり、その軸が代々受け継がれて行くのを観るのが歌舞伎ファンの楽しみである。
最近の役者はその軸ばぶれまくりで、観客受けを狙った芝居にかたむく人も増えたのが残念」

これを受けて、少なくともタカラヅカに関して私は違うなと思ったので、私の意見を述べたのでした。

タカラヅカのオールドファンの中にも「今どきのタカラヅカは…」とか「昔のスターのほうがスケールが大きかった」等と言う人はいらっしゃいます。
でも、私自身はそういう物言いがあまり好きではありません。
(観劇歴40年近くになろうとする私も今や立派なオールドファンなので、これを言う資格はあると思います)
今の時代のスターはそれぞれに素敵だし、それは今、時代に求められている魅力を磨く努力をしているからだと思うのです。
評価の軸は時代によって変わっていくべきだし、むしろそれが今を生きるエンターテインメントにとって必須の条件なのではないか…と思っています。

てなことを述べたため、議論は白熱した感じになり、みんなの印象にも残ったみたい。
トークセッションとしては「うまくいった!」と司会者中本としてはほくそ笑んだのでした。

でも、改めて振り返ってみると、これはなかなか興味深い議論ですよね〜
「ぶれない軸」つまり、普遍的な価値観が磨かれ定着したときに初めて、その芸能は時を超えて生き残る力を得るものなのでしょうか?
タカラヅカもいずれ、「評価の軸」が定まっていくのかしらん??
そうなったときが晴れて「伝統芸能」の仲間入り?
でも、そうなったときのタカラヅカは果たして楽しいかなあ??

(ただ、個々の役者レベルを超えたところでのブレない軸というものは、タカラヅカにも存在するような気がします。それは「清く正しく美しく」に象徴される世界観です)

じゃあ文楽に目を転じてみると、「過去じゃなくて今と未来に目を向けたい派」の私でさえも、こと文楽においてはやっぱり人間国宝レベルの方々の芸が格段に素晴らしいということはわかってしまうのです。
でも、今、文楽がエンターテインメントとしてエキサイティングかというと…いろいろ難しいところです。
(ある意味エキサイティングではありますが…)
普遍的な「評価の軸」を得ることと、エキサイティングであり続けることは連動しないものなのでしょうか??

…で結局、現時点での結論が何かあるわけではないのですが。スミマセン(>_<)
他ジャンルの芸術の世界はどうなのかも、話を聞いてみたいところです。

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コメント

僕は今の宝塚こそ、普遍的なぶれない軸を持ちながら、同時にエキサイティングであるように思います。
とりわけ今の花組は、そのことを強く感じさせます。男役は黒燕尾群舞に代表される品格があるオトコの美学を、娘役は常に男役が素敵に見えるように支える理想のお嫁さん像を追求し、最も歴史のある組として100年の伝統をしっかりと守っています。一方で、トップスター蘭寿とむを中心に「進化する花組」を合言葉にして、今までの宝塚にはないレベルのダンス、唄、芝居を毎公演見せてくれます。次回作のショー「TAKARAZUKA∞夢幻」では、マドンナやマイケルジャクソンと踊った世界的なダンサーであるケント・モリ氏の振付で、また新境地を開いてくれるそうで、これも多いに楽しみです。
宝塚が伝統と進化を両立できているのは、年功序列と実力主義をうまく依存させていることと、数年でトップが入れ替わる新陳代謝の仕組みを持っていることが大きいように思います。

あー…反省。私時々「昔は良かった」とか思っちゃうので。
ただそれがあくまで主観的なのは重々承知していて、
要するに宝塚にハマった時のが一番自分のセンスにとってしっくり来るものだったからなんだろうな、と思ってます。
ただ、それでも人が「昔は云々」言いたくなってしまうのは、
目新しいものを開拓することより古いものを新鮮なまま保ち続ける難しさを感じてるからなんでしょうね。
簡単に言うと、高望みなんですよねー、ははは。

ところで亡き中村勘三郎さんが仰っていた名言ですが、
「型を作ってから壊すのが型破り、
型ができていないのに崩すのは形無し」
というのは本当にそのとおりだと思うんですよ。
例えば自分の思ったとおりに踊りたいだけじゃバレエは絶対に上手くならない。
とにかくひたすらひたすら無心に自分を型にはめ込んでいって、
それでもはまりきれないものを個性と人は呼ぶ、
みたいなことはあると思うんですよね。
芸事を追究する以上、簡単に「個性」に逃げてはならない、というのが芸事の厳しさであり醍醐味でもあるというのは自分もいくつか芸事を嗜んでいるうちに感じたことです。
そういう意味では、「昔は良かった」と言うセリフはある程度出てきて仕方ないものかもしれないし、
そういう人達の鼻を明かしてこそ芸の粋だ、みたいな意味で
役者に対して発奮を促してるセリフでもあるのかな、と思います。
個人的な意見ですが、「昔は良かった」って文句言いつつ偉そうに見てやってる人達(笑)と、
新しくハマって素直に楽しむ人達と、
両方が常に安定して存在している状態が伝統芸能としてはベストなんだと思います。
そういう意味では宝塚は理想的なんじゃないでしょうか?

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