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2013年9月14日 (土)

今さらですが岩手でボランティア体験記(その1)

シャンティ国際ボランティア会が主催する、岩手での移動図書館プロジェクトのボランティアに参加してきました。

そもそもは、同じ出版関係のNPOである「企画のたまご屋さん」として学ばせてもらいたいという意図からだった。
個人的にもいつか被災地に自分で足を運んで、できることをやってみたいという思いはずっとあったから、ようやくその機会が到来したといったところである。

目指すは岩手県釜石市。
東京駅から東北新幹線「やまびこ」で3時間。
新花巻で釜石線に乗り換えて、さらに2時間。
新花巻まで北上して、それから海に向かって東方向に進むということなのだが………遠い。遠いよ(´・ω・`)

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釜石線。2両編成の列車でてくてく。

そして前日の17時前には釜石着。
鉄鋼の街とは聞いていたけど、駅の真ん前にいきなり新日鉄の工場があってびっくり。

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さっそく街を歩いてみて、唖然とした。
1階部分が津波でやられたまま放置されている建物が、あちこちにまだ残っているのだ。

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仕事柄、この建物に一番衝撃を受けた…もとは書店さんだったらしい。

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そのいっぽうで、やけに新しい建物も多い。震災後に新しく建てたのだろう。
街の中心部であろうと思われるところに、更地がぽっかり空いていたりもする。
この他にもぐにゃりとひん曲がったガードレール、砂でざらざらになった観光案内板、半分に欠けて原型を留めないベンチなどなど、津波が残した傷跡が街中にはまだまだ残っている。

この日の夜は、地元のご主人がひとりでやっている店を訪ねてみたのだが、このご主人も「前の店は津波で流された」と言っていた。

あまりに陳腐な表現で恐縮なのだが、「ここでは震災はまだまだ、全然終わってはいないのだ」ということに今更ながら気付かされた。そしてそれは、鈍感な私にとっては、ここまで来てやっと実感できたことなのだった。

20130914_071220_2
こんな建物もあった。「釜石復興ビル」。

そして翌14日がボランティア活動である。
朝9時に、シャンティの岩手事務所に集合し、そこから車で出発だ。
一路、津波の被害が最も大きかった町のひとつである山田町方面に向かう。
途中、瓦礫の山というのを初めて目の当たりにした。
運休になったまま、草ぼうぼうになっている三陸鉄道の線路も。

幸い、お天気には恵まれたから、三陸の海はとてもとても美しかったのだけど。
その美しい景色を眺めていて、ずーーっと忘れていた旅の思い出がひとつ、突然よみがえって来た。そういえば私、ずいぶん前に一度、三陸を旅行したことがあったっけ。

その時も絶好のドライブ日和だった。リアス式海岸から臨む海はのどかでキラキラしていて、海の幸はひたすら美味しく、ただただ、楽しい旅行だった。
だけどそんな思い出の景色も、もう二度と見ることはできないんだな。少なくとも私が生きている間は、絶対に。
(その2に続く)


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