二月は文楽が東京公演の月。
したがって、今月は「文楽強化月間」だったんです。じつは。
なかでも第一部の「鑓の権三重帷子(やりのごんざかさねのかたびら)」が抜群に面白かったから、感じたことをちょこっとメモしておく。
これ、近松の晩年の作品なのだけど、当時はいまひとつウケなかったみたいで、一度しか上演されなかったらしい。
でも、じつに深いよ、この話!
ひとことでいうと、人妻と年下男の不義密通(?)話。
主人公は、武家の女房おさゐ
(37歳)と、武芸にすぐれ、かつ超いい男の権三
(25歳)。
このふたりが、ひょんなことから不義密通の濡れ衣を着せられ、おさゐのダンナに「妻敵討(めがたきうち)される」っていう話なんだけど・・・
(当時の武家社会では、女房を寝取られたダンナは妻と間男を討たねばならないということになってたらしい)
※詳しいストーリー
はこちらのブログなんかがおすすめ。
プログラムの「あらすじ」やマジメな解説本を読むと、不義密通の濡れ衣を着せられ、最期は夫の手にかかる貞節な妻の悲劇、みたいに書いてあるけれど、今回観劇して、そりゃ全然違うと思った。
おさゐは権三に心底惚れていたんでしょう。娘の婿に迎えたいといいつつも、
「母が独り身ならば、絶対ほかの男に渡したりしない

」
とかいっちゃうくらい。
でなきゃ「茶道の秘伝の巻物をみせる」という名目をつかって、夜中にひとり権三を呼び寄せたりしない。
ふたりきりの妖しい雰囲気になったとき、権三が婚約者の手作り帯を締めているのをみて嫉妬にかられたおさゐ、無理やりその帯を解かせ、さらには自分の帯を解いて「この帯を締めてよっ」と迫る。コワイな~
ところが、この姿を目撃され、庭に落とした帯を証拠に不義密通の濡れ衣を着せられてしまう。
自害しようとする権三に向かって、おさゐは、
「どうせ死ぬなら、ふたりで夫に討たれて死んで欲しい。そのほうが夫の顔が立つ」
と懇願する。
これ一見、夫を想うおさゐの配慮のようにみえるけど、本心は全然別。いっしょに死ぬことによって、権三を我がものにしたかったんでしょう。
おそらく権三は「おさゐの夫に申し訳ない」と素直に思っていたんでしょうね。おさゐの願いをしぶしぶ聞き入れますが、ここでさらにおさゐの追い討ち。
「だったらこの場で一度、『お前は俺の女房』といってくださいませ」
それで、無理やりいわせちゃう! まったく女の深謀恐るべしです!!
その後、ふたりはしばらくの間逃避行を続ける。もし、ほんとうに夫への貞節だけを守りたいのなら、即刻夫のもとを二人で訪ねて、潔く討たれればいいのに。
きっとこの間、実際の「過ち」も一度や二度は(あるいはそれ以上)あったと思う。
そうこうしてる間に、若い権三も次第に、おさゐに溺れていったんじゃないか・・・。
権三がおさゐのダンナに討たれるとき、それまではずっとおさゐとの距離を取っていたのに、斬られて倒れた後はじめて、すでに息を引き取っているおさゐに自らの体を引き寄せ、最期はおさゐを抱き寄せるようにして死んでいった。
この人形のちょっとした動きが、なによりそのことを示していると感じた。
(文雀さん&和生さんコンビ、深い!)
そして、ここで三味線が一気にピアニッシモ~~♪♪
まるで、罪業を背負ったふたつの魂が静かに消えゆくかのように・・・。
刃を向けるダンナに「お懐かしゅうございます」と身を捧げる貞節な妻の顔も、三人の子どもの世話を焼く母親としての顔も、そして12も年下の男に執心する女としての顔も、みんな同じひとりの女の顔なのだ。
恐るべき人妻!!
私は、おさゐのことをそう思う。
でも、それはあくまで私の感じ方。この話、たぶん人によって見方がさまざまだと思う。
そうやって自由に解釈できるのが、文楽ならではの面白さ。