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2017年10月14日 (土)

わたしが悲しくないのはあなたが遠いから

日経MJコラム執筆がご縁で知った「ままごと」柴幸男さんの脚本。フェスティバルトーキョーの目玉作品のひとつでもあります。

東京芸術劇場のシアターイーストとウエスト。隣り合ったふたつの劇場を使って同時進行で物語が進むという斬新な趣向。いわば隣の劇場は「あっちの世界」。時折、あっちとこっちのやり取りがあったり、あっちの世界の人が飛び込んできたり、こっちにいた人があったの世界に行っちゃったり、それも不思議な感覚。そしてずっと拭いきれなかった「しょせんひとごと」感を見事にぶち壊される衝撃のラスト。

どんな自然災害で大惨事になっても、どんなに怖いテロ事件が起こっても、当事者でない限り「しょせんひとごと」感は拭えない。その感覚自体に罪悪感を覚えつつ、必死で共感してみようとしたり、でも心のどこかでホッとしてみたりする。
そんな感覚が見事に舞台化されていました…。

(以下は今日思ったことのメモ)
このところ小さな劇場の演劇も観るようにしていますが、大劇場での商業演劇とは観客が求めるものが違うし、したがって当然伝え方の手法も違うんですね。より多くの観客に普遍的でわかりやすい感動をお届けするのが大劇場、もっと尖った個性的な表現の場が小劇場、受け止める観客側にも能動的な姿勢が求められるといいますか。

両者の間に横たわる断絶がずっと気になっていました。でも、どちらも演じる側と観る側に新たな関係を生み出す「演劇」であることに変わらないはず。だとしたらどちらの楽しみも味わえる方がより豊かなのでは、というのが現時点での想いです。そして、大劇場演劇は観客に媚びすぎるべきではないし、小劇場演劇は自己満足に陥ってはいけないのでしょう。




2017年10月13日 (金)

もんもちプロジェクト「天守物語」

とある演劇好き高校生の勧めで観てきました、上野ストアハウスという小さな劇場での「天守物語」。
天守物語といえば富姫・玉三郎さん、図書之助・海老蔵さんバージョンを観たことがあり、やっぱりその印象が強いし、果たして客席数100ほどの劇場でできるのかしら? と興味半分、心配半分。
ところが幕が上がればそんな心配は吹き飛び、一気に泉鏡花お耽美ワールドにどっぷりハマっていったのでした。いやお見事であります。

お金をかけたスペクタクルではないのに、セットや小道具使いの工夫でちゃんとあの世界観が表現されてる。闇が重要なお芝居ですが、光と闇との使い分けや、場面転換のリズム感も心地よかったです。

姫路城天守の閉ざされた空間での物語を描くのに、逆に小劇場であることが有利に作用していたようにも感じました。音楽も良かったし、和物好きなワタクシといたしましては、こういう舞台に出会えたことがとにかく嬉しく、頼もしくもありました。

終演後、演出の中原和樹さんと少しお話させていただきました。もともと、主催されている戯曲の勉強会で「天守物語」と出会い、惚れ込んだのが今回の上演のきっかけとのこと。
「2.5次元も良いけれど、日本から世界に発信できるオリジナル作品がもっと別の形であって良いと思う」との話に激しく同意です‼️


2017年10月 9日 (月)

マレビトの会「福島を上演する」

今、東京の池袋界隈で「フェスティバルトーキョー」という演劇関連の催しをやっていて、興味深いものが色々あるので、いくつか見て回ろうと思っています。

で、今日は一発目、マレビトの会「福島を上演する」。
8人の脚本家が福島を訪れて描いたショートストーリーが日替わりで何編かずつ上演されるというユニークな方式。
私が観た回は、回転寿司屋のカップル、競馬場での様々なドラマ、出産を前にした妹と失業中の兄との会話などが綴られていました。

セットも何もない空間で、普段着の人たちが繰り広げる会話劇。おまけに台詞も抑揚を抑えていて、言い方悪いけど、最初は「これって素人芝居以下?わざとなの?」なんて訝しく思ったけれど、これがだんだん引き込まれちゃうのが不思議。

どのストーリーも震災や原発のことがあからさまに出てくるわけではないのに、ふっと考えさせられるんですね。こういう表現手法もあるのかと、目から鱗。

あんまり楽しくはないかなあ。でも、面白い。面白いって何??
「オモシロイものの種」を見つける旅は続くのであります。


2017年10月 5日 (木)

…からの「人間風車」リベンジ

※初回観劇からの変化を記録してみました。

2度目の「人間風車」観劇。
体調は万全に整え、さらにメガネのレンズを20年ぶりぐらいに変えたせいか、今日は自分なりに消化できた気がしています。

今日は後半の平川の「強い童話語り」の場面が圧巻の迫力でした!

この時、私自身の昔のことを思い出してしまいました。
平川さんほどでは全然ないけれど嫌なことがあった頃、それでも人を恨むまいと思った。その時ある人から言われたんです。
「あなたは人を恨むのは『苦手』ですよね」
そう、苦手。面倒くさい。ただ、そこまでのパワーがないだけ・・・本当は「いい人」なんかじゃー決してない自分を見透かされたような気分になったものでした。

たぶん、平川さんって人も似たようなものなのではないかと。
先週末のトークイベントで成河さんも言っていた。
「平川さんは『純粋な』人ではなくて『純粋であろうとした』人」
「真に純粋な人は『人を信じて生きてきた』とか言わない」
たぶん、そうすることで彼は自分を必死に守ってきたんだと思う。ある意味、とっても弱くてずるい人なのかもしれない。

でも、自分への仕打ちが限界値を超えた時に、ずっと封じ込めてきたダークな部分がとめどなく溢れ出してしまって、それが悲劇を招いてしまう・・。そういう部分は間違いなく私の中にもあって、つくづく「私は平川さんみたいな(ある意味才能溢れる)童話作家じゃなくて良かった」などと思ってしまいました。もしかすると平川さん、ダークな部分を人一倍持っているからこそ「純粋さ」という殻で自分を守る必要があったのかもしれないですよね。
最初に見た時に平川さんという人に感じてしまった不思議なシンパシーは、そういうところから来ていたのかもしれないなぁと思ったのでした。

「子どもであること」と「子どもらしくあること」は全然別、そしてオトナは決して「子ども」には戻れない、世知辛い世の中をオトナとして生きていくしかないのかもしれません。

そしてこの作品のもう一つの圧巻は、殺人鬼ビルと化したサム(加藤諒)に、翼の生えたダニーのお話を聞かせる場面。

ここでは何故か、平川さんとサムとの心の通い合いに胸打たれてしまいました。
たぶん「頭のオカシイ大人」ということで世の中の誰からも相手にされなかったサムはずっと孤独を感じていたのだと思います。
その孤独からサムを救い出してくれるのが平川さんの童話の世界だった。そして最期にダニーとなって衆人に見守られることでサムの孤独はようやく癒されたのではないか、と。

この場面は2000年・2003年バージョンとは全く変わっており(その時はアキラの命を救うために平川さんがダニーのお話を語るという展開だった)、演出の河原さんは「化け物退治にはしたくない」とおっしゃったそうです。この変更のおかげでサムという人物の「人間らしさ」もよりくっきりと見えた気がします。

その他2度観て良かったこととしては・・・前半の「平川さんのヘンテコ童話シリーズ」のところで、いろんな人がいろんな役を演じているのが面白かった。2度目にしてそういう部分をじっくり見分ける余裕も生まれてきたと言いましょうか。

・・・あれっっ??
私の中ではもはやホラーじゃなくなってるな、この作品。
ま、ホラーな部分も今日はかなり怖かったんですけど「こ、これは全部舞台の上でのことですから〜〜」と、必死で自分に言い聞かせて乗り切ったんですけどね(笑)

「今の世相に合わせて、救いようのない結末に変更した」などとも言われているけど、私は救いも感じてしまったなあ。
後味悪くない。
むしろ私の中ではとても哀しい、でも、ああああ…それが人間だよなぁとしみじみ思うお話でした。

そうなった時、山際刑事の「それでも生きていかなくちゃならない」という台詞が効いてくる。
ほんとうに、感じ方は人それぞれですし、それで良いのだと思います。


「人間風車」消化不良

※この感想は9月29日に書いたものです。

「人間風車」観てきだのだけど何だかモヤッとしてる。
この作品、主演の成河さんを取材させてもらったこともあり、予習は割とできてた方だと思うのだけど、どうも消化不良感が残ってしまい…結局もう一度観ることにしてしまいました(笑)
以下、現時点での消化不良メモです。

・ホラーという触れ込みにもかかわらず、何だか…怖くなかったんですよね、私。取材の事前準備で過去上演の映像を見せてもらっていたので、そのせいなのかどうかわからないのですが…。確かに脚本演出上のグロさはパワーアップしているのに、人間の本性の部分でのゾワッとした怖さをあまり感じなかったんです。

・でも、主人公の平川はすごく好きだった。何やらシンパシーを感じるというか友だちになれそうというか、人として好きだなあと思ってしまったのです。「いいヤツ」って感じでしょうか。それでいいのかなあ?

・この作品、後半のホラーとともに前半で平川が語る「オトナには歓迎されないけど、子どもにだけはバカウケ」な童話が見どころだと思うのだけど、そのキレ味も今ひとつだったような…。

ともあれ、私にとっては未消化のまま捨て置くことはできない作品ではあるわけです。今回の脚本の改変の意味ももっとわかりたいし、平川さんのことはモノ書きの同業者としても放っておけない(笑)

というわけで来週もう一度観てきます。
(つづく)

2017年10月 4日 (水)

日本のラジオ「カーテン」


※ネタばれ注意!


客席に着いたら目の前にカーテン?
カーテンが空いたら、そこにはいつも座っているはずの客席が!!
何と、この作品の客席は舞台の上だったのです。

というのも、この作品が劇場テロのお話だから。
客席のテロリストたち、人質たちとの会話だけで淡々と進む90分間。ですが、テロリストも人質も人それぞれ色んなことを考えている。みんな普通、いや普通でなくあろうとしている普通の人たちであることが、会話劇の中で丹念に描かれます。

正直最初は「このペースで90分間続くのか〜」とウンザリしそうになったのも事実。しかし、そんな罰ゲーム感覚が次第に薄れ、やがて快感に変わり始めた頃、唐突に終わりが告げられたのです。幕開きも驚いたけれど、終わり方も衝撃でした。

舞台と客席を隔てる幕。その向こうでさまざまな非現実を描くことの意味について、ますます考えさせられる作品と出会ってしまった気がします。


2017年10月 3日 (火)

弥生美術館「はいからさんが通る」展

先日から原作漫画を読み始め、にわかに「はいからさん」モードに入った私。
弥生美術館の「はいからさんが通る」展に行ったら漫画をまだ最後まで読んでないのに結末ネタばれ〜(^^;; ま、いいんだけど。

展示されている原画からは、やっぱり描かれたときの緊張感がダイレクトに伝わってくるようです。展覧会オリジナルグッズの絵葉書も1枚購入しました。各限定1000部。タカラヅカファン的には絶対この絵柄でしょうってヤツは私が1枚ゲットさせていただきましたよ、ぐっふっふ。

併設の竹久夢二美術館でやっていた風景画の企画展も良かったなぁ。美人画が有名な夢二さんですが、余計なものを削ぎ落として美しさのエッセンスだけをスッと取り出したような風景画に私はむしろ心惹かれます。
聞けば自然をこよなく愛した方で風景画もたくさん描いておられたとか。もしかして美人も美しい風景の構成要素だったのかも?


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